bluelake725のブログ

最近、朗読に関心を持ちました。そしたら改めて、日本語を勉強する必要があると感じて
いるところです。(えびなコトバの会)

【24】春すぎて……衣ほすてふ……

春すぎて 夏来にけらし 白妙の
   衣ほすてふ 天(あま)の香久山     持統天皇


春すぎて、夏来たるらし 白妙の
       衣乾したり 天の香久山     (万葉集 巻一)


 わたしが、なじんでいるのは、万葉集に出ている方である。
並べて、くらべてみると、ほとんど同じであるが、最初はえらく違和感があった。
「夏来にけらし」と「夏来たるらし」、と「衣ほすてふ」と「衣乾したり」の2か所がちがう。でも読んだ感じはだいぶ違った。まず万葉集の方が、今の言い方に近いからすっと頭の中にも心の中にも素直にないってくる。そうかい、山の上に干した白い衣が風にそよいで、きれいだね~。いつのまにかもう春は行ってしまって、夏なんだ~、というわけだ。
 白洲正子さんは、この歌の印象として、春雨が、からっと晴れ上がった翌朝、、洗濯物を干したときのあの気持ちよさを歌っているもので、むずかしいことは抜きで鑑賞すればよいと言っている。
 そうはいいながらも、次のようにも言っている。


その万葉の歌が、「新古今集」に移されると、別の趣を呈してくる。「万葉集」では、正面からじっと見据えて謳っているが、新古今の香久山には春霞がただよう。
 「夏来にけらし「は現代語に訳せば、「夏が来たらしい」で、「夏来たるらし」と大差はないが、雅やかなことでは前者がまさる。仔細に見れば、「万葉集」の方はおなじ「らしい」でも、肯定的であるのに反して、新古今の歌には、微妙なニュアンスの違いがあり、「夏が来たのであろうか、どうもそうらしい」といったような、気持ちの揺れが感じられる。
 特に違うのは、下の句の、「衣乾したり」と、「衣ほすてふ」で、前者が断定しているのに対して、後者は「衣を乾すという」と、ある時間を置いている。間接的な表現と言ってもいいが、天の香久山を遠くから眺めている気分である。(『私の百人一首』白洲正子)


わたしが、どうもなじまないと思ったのは、こういうことだったんだ。何十年もたってようやく理由が分かった。わたしは、万葉集を習ったときには、ああいい歌だな、と思った。他の歌でも、いつも新古今集より万葉集の方がすきだった。新古今になったら、国語の時間にもあまり身が入らなくなって、つまらないと思い始めていた。


そこで作者の持統天皇のことを整理しておこう。
持統天皇は、女帝であった。わたしは、これも驚いた。へ~、すげえな。女の天皇か。
それまでも、推古天皇が女性の天皇だと知って、どういう人だろうと関心を持ったことがあった。
 実は持統天皇は」、第一首目の「秋の田の~」の天智天皇の子ども・娘であった。
それが、天智天皇の弟の大海人皇子(のち天武天皇)の嫁さんになっていた。
 天智天皇がなくなると、そのあとを大友皇子が継ぐのだが、すぐに大海人皇子が、戦いを起こす。ここでこの嫁さんは、大海人皇子とともに、果敢に戦って、勝利する。天智天皇の息子・大友皇子は敗走する。(壬申の乱という大戦争)
 いよいよ大海人皇子は、天武天皇として、君臨する。
天武天皇が亡くなると、持統天皇は、自分の息子・白壁皇子を天皇に就けようとします。そこで天智天皇のもう一人の息子・大津皇子を謀反のかどで、死に追いやってしまいます。だが白壁皇子は間もなく即位することなく亡くなってしまいます。、こんどはこのお母さんは、自分が持統天皇として、立ちます。
 都も藤原京に移し、そこで「春すぎて~」と謳ったわけだということです。




朝日の中、鎮守の森のリュウ

森の中、朝日が差し込む。何を考えるか?

カラスウリ?

えっ?

朝のサラダ

朝の草食べ。

内弁慶、我が物顔、偉そうなリュウ。

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