bluelake725のブログ

最近、朗読に関心を持ちました。そしたら改めて、日本語を勉強する必要があると感じて
いるところです。(えびなコトバの会)

【25】最近辞書で調べた言葉②、新聞は勉強になる

①換骨奪胎(かんこつだったい)【先人の詩や文章などの着想・形式などを借用し、新
                味を加えて独自の作品にすること】
②言挙げ(ことあげ)     【ことさら言葉に出して言い立てること】
③方解石(ほうかいせき)   【無色透明なガラスに似た鉱物。平行四辺形の面を持
              つかけらに割れ、これを通してみると物が二重に見える。
              炭酸カルシウムを成分とする】
④行在所(あんざいしょ)   【⇒行宮(あんぐう)に同じ。天皇の行幸のときに設
                けた仮宮】
⑤切米(きりまい)      【江戸時代、幕府・藩が軽輩の士に与えた俸禄米また
                は金銭】
⑥悔悟(かいご)       【自分のした事は悪かった、これから再びすまいと堅く
                心に誓うこと】⇒「改悟」とは違う。
⑦羈旅(きりょ)       【和歌・俳句の部立の一つ。旅に関する感想を詠じたも
                の】
⑧雲散霧消(うんさんむしょう)【心を占めていた悩み・疑問、期待感などが、跡形も消
                えてなくなること】
⑨揺曳(ようえい)      【ゆらゆらとなびくこと。また、あとあとまで長く、そ
                の気分や痕跡などが残ること】
⑩嘱目(しょくもく)     【目をつけてよく見ること。注目。「嘱目される新
                人」】
⑪独壇場(どくだんじょう)  【「擅(せん)」の誤読からできた語。⇒「どくせんじ
                ょう(独擅場)」に同じ】
⑫欽仰(きんぎょう)     【尊びうやまうこと。仰ぎ慕うこと。】


 12月1日(火)東京新聞夕刊「手話は『言語』そのもの」
        丸山正樹・作家『デフ・ヴォイス』がデビュー作
作品は、タイトル通り「手話通訳士」が主人公で、「耳の聞こえない」人たちが登場するミステリー小説である。文庫化し、よく売れているようで、著者のところに感想等が寄せられるという。
 その感想の中で多いのは「知らなかった」と「驚いた」という声であった。
何に驚いたのか。耳の聞こえない人たちが、自らを一種の誇りを持って「ろう者」と称する。彼らが自分たちのことを単なる「障害者」とは考えていない。「日本手話」という言語と固有の文化を持つ存在、ととらえている。彼らは、寝言も手話で言うし、手話でジョークも言う。生まれたときから使っている「言語」であれば当然のことだ。
たとえば筆談は、彼らにとっては、「第2言語」であると。一方、手話は独自の文法を持ち、表情の変化などとも併せ微妙なニュアンスまで伝えることができる。彼らにとって手話は、「言語」そのものなのだ。
 耳の不自由な人たちは、今、手話が言語であると法律で位置づける「手話言語法」の制定を訴えている。「どこでも気兼ねなく自由に手話が使える社会環境」がつくられることが、彼らの願いである。
 活動が功を奏して、自治体レベルでは「手話言語条例」の制定が進み、「手話は言語である」という考えが少しずつ広まってきているようだ。
 わたしも、手話は「言語」である、という認識に、自分の不明に驚いた。手話についてそれを使う人にとってどういう役割を果たしているか、考えが足りなかったようである。手話という言語が、それを使う人と一体のもであるという明確な認識が不十分であった。私たちは、すべてのことを言葉を使って、処理している。ものを考えるのも、人に自分の考えを伝えるにも、コトバがなければできない。それと同じことをろう者は手話を使って行っているということに驚いたのである。完全に認識不足であった。
『デフ・ヴォイス』を読んだら、もっと手話の持つ力と手話がろう者にとってどういうものであるかわかるのではないか。
 アマゾンの読者の感想を見てみたら、やはり手話が独立した言語であるという認識が、わたしには不足であった。私達が日本語を使うのと同じ、アメリカ人が英語を使うのと同じ、ドイツ人がドイツ語を使うのと同じである。使う言語が、その人のアイデンティティであるとも述べている。考えるべきことであると思った。新聞は勉強になる。


【24】春すぎて……衣ほすてふ……

春すぎて 夏来にけらし 白妙の
   衣ほすてふ 天(あま)の香久山     持統天皇


春すぎて、夏来たるらし 白妙の
       衣乾したり 天の香久山     (万葉集 巻一)


 わたしが、なじんでいるのは、万葉集に出ている方である。
並べて、くらべてみると、ほとんど同じであるが、最初はえらく違和感があった。
「夏来にけらし」と「夏来たるらし」、と「衣ほすてふ」と「衣乾したり」の2か所がちがう。でも読んだ感じはだいぶ違った。まず万葉集の方が、今の言い方に近いからすっと頭の中にも心の中にも素直にないってくる。そうかい、山の上に干した白い衣が風にそよいで、きれいだね~。いつのまにかもう春は行ってしまって、夏なんだ~、というわけだ。
 白洲正子さんは、この歌の印象として、春雨が、からっと晴れ上がった翌朝、、洗濯物を干したときのあの気持ちよさを歌っているもので、むずかしいことは抜きで鑑賞すればよいと言っている。
 そうはいいながらも、次のようにも言っている。


その万葉の歌が、「新古今集」に移されると、別の趣を呈してくる。「万葉集」では、正面からじっと見据えて謳っているが、新古今の香久山には春霞がただよう。
 「夏来にけらし「は現代語に訳せば、「夏が来たらしい」で、「夏来たるらし」と大差はないが、雅やかなことでは前者がまさる。仔細に見れば、「万葉集」の方はおなじ「らしい」でも、肯定的であるのに反して、新古今の歌には、微妙なニュアンスの違いがあり、「夏が来たのであろうか、どうもそうらしい」といったような、気持ちの揺れが感じられる。
 特に違うのは、下の句の、「衣乾したり」と、「衣ほすてふ」で、前者が断定しているのに対して、後者は「衣を乾すという」と、ある時間を置いている。間接的な表現と言ってもいいが、天の香久山を遠くから眺めている気分である。(『私の百人一首』白洲正子)


わたしが、どうもなじまないと思ったのは、こういうことだったんだ。何十年もたってようやく理由が分かった。わたしは、万葉集を習ったときには、ああいい歌だな、と思った。他の歌でも、いつも新古今集より万葉集の方がすきだった。新古今になったら、国語の時間にもあまり身が入らなくなって、つまらないと思い始めていた。


そこで作者の持統天皇のことを整理しておこう。
持統天皇は、女帝であった。わたしは、これも驚いた。へ~、すげえな。女の天皇か。
それまでも、推古天皇が女性の天皇だと知って、どういう人だろうと関心を持ったことがあった。
 実は持統天皇は」、第一首目の「秋の田の~」の天智天皇の子ども・娘であった。
それが、天智天皇の弟の大海人皇子(のち天武天皇)の嫁さんになっていた。
 天智天皇がなくなると、そのあとを大友皇子が継ぐのだが、すぐに大海人皇子が、戦いを起こす。ここでこの嫁さんは、大海人皇子とともに、果敢に戦って、勝利する。天智天皇の息子・大友皇子は敗走する。(壬申の乱という大戦争)
 いよいよ大海人皇子は、天武天皇として、君臨する。
天武天皇が亡くなると、持統天皇は、自分の息子・白壁皇子を天皇に就けようとします。そこで天智天皇のもう一人の息子・大津皇子を謀反のかどで、死に追いやってしまいます。だが白壁皇子は間もなく即位することなく亡くなってしまいます。、こんどはこのお母さんは、自分が持統天皇として、立ちます。
 都も藤原京に移し、そこで「春すぎて~」と謳ったわけだということです。




朝日の中、鎮守の森のリュウ

森の中、朝日が差し込む。何を考えるか?

カラスウリ?

えっ?

朝のサラダ

朝の草食べ。

内弁慶、我が物顔、偉そうなリュウ。

【23】リュウ君と城址公園へ

いいお天気が続きます。
きょうも午前中日がさしている間に、久しぶりで少し離れた綾瀬市にある城址公園へ出かけた。
鎌倉時代の源頼朝の御家人として活躍した渋谷重国の居城跡と伝えられています。
遺存状態も良く、大規模な堀切や土塁がはっきりと残されています。かながわ花の名所100選にも入っており、気持ちのいい場所です。
 さてリュウ君の散歩です。きょうは家族全員でお出かけ、といっても私と妻、そしてリュウ君です。
3人で出かけるときは、リュウ君喜び方が違います。うれしいな~、という感情が伝わってきます。
尻尾を振る、体をよく動かす。他人の顔をよく見る。そんなことで伝わってきます。歩きはじめると、歩き方にもうれしさが現れます。足取りが軽い感じがして、よく見ると、人間の子どもと同じかもしれません、表現の仕方が。人間の子は尻尾、振りませんけどね。


 うちの近所の五社神社に向かいます。ここは毎朝お参りしてから散歩に出かけます。いくら教えてもお参りの仕方を覚えませんが、犬はいいことにしました。
リュウはこの神社が気に入っているようです。鎮守の森があって、そこに入って遊んだり、用を足したり、なによりいつもかわいがってくれるKさんに会えるからです。きょうはKさんは丹沢湖マラソンに出場のため、神社にはいませんでした。昨日会ったとき、頑張ってください、と「お手」をしました。このあと神社の横を下って、綾瀬西高校の前を通り、城山中学校の前を通れば、城址公園です。
ここへ来るまで何度道草を食ったか。土手の上に登って、草を食べたり、よその犬がいたと言ってはワンと言ってみたり。リュウ君との散歩は疲れます。いろいろやるからです。
 公園に入って、最初に行くところは、ベンチです。リュウ君、ベンチに行くとおやつがもらえるという変な癖がついてしまったのです。おやつを食べ、水を飲み、人間はミカンを食べて、ぐるっと一回りして、Uターン。
1時間30分の散歩でした。カメラを忘れて、写真がありません。